Webの世界。

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前回の日記が好評(?)だったのか、いろんな、そして、WebクリエイターとWebデザイン。さんから反応があったので、そこから思ったことを綴ってみる。

 

 

 

なんだかんだで、みんな、生きるということに、哲学を求めているのだなと実感した。

 

何かしら、不安を抱えたり、悩んだりして、生きる意味がわからなくなって、誰かに頼ったり、中には宗教に何かを求めたりする人もいるようだ。

 

だが、日本に於いては、何か宗教を信仰しているというと、変な目で見る人が多い気がする。でもそれは、宗教の本質がわかっていない人がそれだけいるということだろう。

 

オウム真理教などによって、宗教団体=アブないorアヤしい組織=信者も同様というネガティブなイメージが先行しているのも、理由だと思う。

 

では、宗教とは何か?

宗教とは、いわば、思想だ。価値観を形成するための、バックボーンというわけだ(そういうことから、中には社会主義は一つの宗教だと捉える人もいる)。

宗教というと、なにか神やら偶像やらを信仰・崇拝するものというイメージがあるかもしれないが、信仰したり、祭儀を行うのは、思想、価値観に基づいているからだ。

だから、外国の方は、無宗教だという日本人を、おかしいと思うのだ。この人は、ちゃんとした考えを持っているのか?大丈夫なのか?と。

 

宗教=思想の例を挙げてみる。

まずは、死者を弔うということ。これは、不思議なもので、世界中、どこの国の人たちでも、行っていると思われる。

起源は、旧石器時代にまで遡るようだが、当然、その時代に宗教などない。

そして、時は流れ、色んな宗教が興り、現代では、各宗教の思想によって、様々な様式で行われているというわけだ。

 

もう一つ。昔は、政治を政(まつりごと=祭りごと)と言い、祭政一致が基本だった。

卑弥呼が、シャーマニズムに基づいて国を治め、内乱が鎮まったというのは、有名な話だ。

悪い例だが、国家神道も、祭政一致といえるかもしれない。

 

 

By the way、最近では、細木某のチカラなのか、占いが流行っているようだが、あれも、もはや、宗教とかわらないだろう。

宗教の話は受け付けないけど、占いはアリ。こんな人がどのくらいいるのかわからないが、科学的根拠に乏しい(科学的に解釈・説明し、納得させることが、非常に困難)という点では一緒だ。

不安になるようなことを言って、これを買えば大丈夫とかってアヤしいグッズを出してきた日には(今時、こんなやりとりがあるのかわからないが)、金儲けのためにつくられた「自称」宗教団体と同じだろう。

 

 

せっかくなので、これもついでに。

クリスマスはキリストの誕生日をキリスト教徒が祝うもので、宗教による文化だ。だが、日本では、「アメリカ人」が行っている、行事の一つくらいにしか思われていない気がする。

日本人の大半がキリスト教徒というわけでもないのに、あれほど大きく扱うのはおかしいんじゃなかろうか。(まさか、隠れ切支丹がたくさんいるとか?)

とにかく、日本人がいかに宗教について執着がないかを示す例だと思う。

 

 

 

 

ここまで書いて、書くことが無くなってしまった。こんだけ書いてはみたものの、いまいち、話のつながりが・・・。

 

結局、言いたいことは、別に宗教やっててもいいんじゃね?ってことかな。色眼鏡で見んなってことですな。

まず、人間性を見て、その上で、宗教やってたら、その影響を受けているんだなと思えばいい。

まあ、同じ宗教でも、影響の仕方は個人で差があるだろうから、それで全てを判断するのもよくないのだろうけど。

それこそ、明らかにおかしい場合は指摘するべきだが。

 

 

なんか、宗教、宗教言ってただけだな。完全に自己満だ。orz

 

 

 

 

今、ここを読んでいるそこのあなた、何かしらWeb残していってください。

よくわからんかったでもいいし、とりあえず読んだってだけでもいいです。途中で飽きたとかでも(笑)。

それから、内容は全て、個人的な考えなので、これおかしくね?って思ったことがあれば、遠慮なくつついてください。

 

内容が不快に思った方、ごめんなさい。リクエストが多い場合は、削除します。

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このページは、shizukaが2008年3月 6日 11:40に書いたブログ記事です。

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